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かわいいからあげる

ミーハー女と熱病

初めまして、ミーハー女です

 

こういう感じで挨拶したいくらいには、自分のことをどうしようもないミーハーだと思っている。

ミーハー、熱っぽい、飽き症の三重苦。

わたしはずっとそのことを後ろめたく、心苦しく感じてきた。

 

わたしは、例えばドラマなんかを見て、「好きだな」と思う俳優に出会うと「知りたい」という欲が湧いてきて、インターネットを何時間も彷徨ったりする人間だ。

かと言って、インターネットに溢れているような情報はその俳優のファンなら誰でも知っているようなことだろうし、何年も追いかけているファンとは到底渡り合えるものではない。そういう自覚はあるからか、ある程度知り尽くしたと思った途端、急に夢から醒めてしまう。

その夢に浸っていられる時間は様々で、当然長く浸っていた夢から醒めるときが一番つらい。短ければ数時間、これは興味本位で済ませられる。だけれど二年くらいどっぷり嵌っていた夢から唐突に醒めたときには、もう駄目かと思うほどつらかった。

 

 

わたしが初めてきちんとファンの自覚を持ったのは、某KPOPアイドルグループだった。

元々二次元オタクでアニメやニコニコ動画の類が好きだった。韓国にもKPOPにもまったく関心はなかったのに、ある日なんとはなしに見た自主制作ドラマの動画でわたしの人生はぐるりと変わった(大袈裟だけれど本当にそう思う)。

そこからそのアイドルグループ自体にハマり、MVを見る中で顔を判別し、名前を覚え、好きなメンバーも自然と決まっていった。

もって二週間、と思っていた目論見は外れ、気づけば彼らのことばかりを考えて数ヶ月が過ぎていた。

当時十代だったわたしには、まずそれほど長く「好き」が続いた経験がなく、何ヶ月も引く気配のない熱に歓喜し、ずっとこのまま彼らを好きでいられるものと思い込んでいた。

団扇を作って人生で初めてコンサートにも行き、ドームの天井から豆粒のようなメンバーを見て感激した。本当に生きていて動いているのが信じられなかったし、爆音で体に響き渡る音楽も派手な照明も、生で聴く歌班である推しの歌も、わたしの心臓をハンマーで殴ってきた。田舎で生きてきたわたしにはあまりに衝撃的な非日常感だったのだ。

「この人が好きだ、本当に好きだ」と本気で苦しくなったし、ずっとそうでいることが当然だと思った。

 

けれど、二回目のコンサートに行って暫くした頃だったか、悪夢のような瞬間は本当に唐突にやってきた。わたしの内側から、すうっと彼らに対する熱が解けていった。

そのときの漠然とした不安、何より彼らに対する申し訳なさを思い返すだけで血の気が引く。

ファンとメンバーとの結束が強いと言われているグループだったから余計だったかもしれない。たった一人ファンが減ったくらいで彼らはなんともないのだが、それでも恋人がいるのに浮気をしてしまった、というくらい後ろめたくて苦しかった。

 

最近あるきっかけがあって、またそのグループのファンクラブに入り直した。

社会人になってコンサートにも前より頻繁に行けるようになったし、やはり歌を聴くと推しのことを掛け値なく素晴らしいと思う。かっこいいし、かわいい。好きだ。

でも、どんなに好きの気持ちが膨れても、彼だけを真っ直ぐ見つめるファンには敵わない。

いつもそのことを頭の中に置いておくようにしている。そしてそういうファンの人を尊敬している。

それはわたしがミーハーで移り気な自分と折り合いをつける為のお守りみたいなものだ。

 

ひとつのことに直向きに生きられる人や、ひとりの人を一途に追い続けられる人を眩しいと思う。それはもう、とてつもなく。素晴らしい、大好きな人の歓びや苦労に寄り添って、一緒に泣いたり笑ったりすることができるのは、どんなに素敵なことだろう。羨ましいし、一生どうにもならない憧れのようなものがある。

今でもやっぱりなにかひとつのものを半永久的に愛したいと望む気持ちは消えないけれど、数年前よりは割り切れるようになってきた。

 

ミーハーの罪をすぐ後ろに感じながら、ファンだと胸を張れないもどかしさに焼かれながら、テレビでドラマを見て、映画を見て、気になる舞台に出向き、どきどきするものに新しくたくさん出逢う。

そんな風に生きていこうかなあと、なんとなく思っている。